昭和前期
長岡市のあゆみ
昭和
- 元年
- 公会堂落成式(8月18日開館式)
- 2年
- 上下水道竣工式を挙行。関原地震が発生
- 3年
- 方面委員20人配置。都市計画用途地域決定
- 4年
- 長岡市公報を刊行(月1回)
- 5年
- 王番田争議で小作人側が地主近藤正次宅を襲撃し、流血事件発生
- 6年
- 上越線全通記念博覧会開催(9月30日まで41日間)
- 7年
- 愛国飛行機献納運動で献納した「愛国第11長岡号」命名式を開催、翌日記念飛行実施
- 8年
- 市葬斎場が落成(17日から営業開始、霊柩車もこのときから運行始まる)
- 9年
- 130日間に及ぶ大雪(最大積雪量2.7m)。財団法人日本互尊社を設立
- 10年
- 「工業立市」を市是とし、工場誘致開始。蔵王・城岡地区の工業団地造成事業に着手
- 11年
- 馬高遺跡(関原町)で火焔土器発掘される
- 12年
- 長生橋架け替え工事竣工(鉄橋化)
- 13年
- 国鉄、栃尾鉄道が長岡駅共同使用契約を結ぶ
- 14年
- 表町小学校、中島町へ新築移転
- 15年
- 市庁舎が火災で内部をほとんど焼失(5月31日復旧)
- 16年
- 長岡中学校、和同会解散し学徒報国団結成
- 17年
- 六十九銀行と長岡銀行が合併、長岡六十九銀行創立総会開催
- 18年
- 山本五十六連合艦隊司令長官戦死
- 19年
- 長岡高等工業学校、工業専門学校と改称
- 20年
- 全市が大空襲を受ける、鶴田市長殉職