葎谷神楽の歴史は深く、元禄年間(1688~1704)に始められたといいます。当時、葎谷は村松藩から長岡藩へ至る交通の要所で、村松藩の殿様が道中、ここで休憩される慣わしで、村人が殿様をお慰するために披露したのが当神楽の始まりと伝えられています。
本格的に演舞されるようになったのは延亨4年(1747)、葎谷の羽黒神社社殿改築遷宮の際、悪魔祓いとして奉納されたのがきっかけで、毎年8月に葎谷内全戸にかぐらが舞いまわる年中行事となりました。
天保8年(1837)には獅子頭を新調し、春神楽と称して正月に各戸を舞い巡るようになりました。さらに蒲原神楽と狂言が取り入れられ、下田村など遠隔地にまで巡業し、塩谷神楽と呼ばれるようになりました。
明治以降幾度か休止することもありましたが再興し、昭和29年には「栃尾市葎谷神楽保存会」を発足し現在にいたっています。
舞には序の舞で清めの舞い「宮舞」、本舞の「岩戸舞」、余興の舞で「天狗舞」「おかめの舞」の二段からなる「面神楽」があります。
現在、毎年1月2日には獅子が舞う岩戸舞が集落内の家々を巡ります。県内外各地からも出演要請があり、過去には韓国にも招かれ公演するなど活発に活動しています。
岩戸舞は、郷土に伝え残る古典的演舞であり、貴重な伝統芸能です。
<長岡市指定文化財>